蟹江城
海部郡蟹江町蟹江本町
築城/廃城年  永享年間(1529-1540)/1584年
築城者  北条時任?
東西97m、南北90mの規模で三重の堀があった。すぐ西に蟹江川が流れている。
桶狭間の戦い直前に今川方についていたが、戦後織田方の城となる。信長死後、佐久間氏が城を守っていたが、小牧・長久手の合戦時には滝川一益らの説得により前田与十郎が佐久間氏を追放、織田・徳川側から秀吉側に鞍替えする。
そのまま城には滝川一益・九鬼嘉隆が入ったが、徳川家康の攻撃を受け一益は降伏、城は明け渡され廃城となった。一説によると降伏した一益の攻撃によって城代(?)であった前田与十郎は戦死したという。
すぐ西には蟹江川が流れる。江戸時代には蟹江港として繁栄した。
現在でも、かつて繁栄した古い町としての雰囲気を残している。
すぐ東の西光寺の狭い路地をまたぐ渡り廊下。
碑が残るだけで遺構は見つけられない。近くの歴史民俗資料館にて蟹江合戦の詳細な説明がされているので詳しく知りたい方は訪れる価値あり。なにぶん古い町なので道が狭く、歩行者も多い。車の方(特にこの辺りの地理にあまり詳しくない方)は充分な注意が必要。