星崎城
名古屋市南区本星崎町本城
築城/廃城年  117?年/1590年?
築城者  山田重忠
1177-1181頃に山田重忠によって築城されたという伝承が残っている。
戦国時代に岡田直教が入城した。その子、直孝は信長次男信雄の家老となったが、信雄と秀吉が不仲になっていく中で秀吉の計略によって信雄に殺されてしまう。
1584年、直孝の家臣となっていた元寺部城主の山口重勝に城は与えられた。この重勝の娘が秀吉の甥、関白秀次の側室となったが、秀次が秀吉によって自刃に追い込まれた後、他の子息妻妾と共に処刑され、重勝も累刑で自刃させられた。
家督は重勝の養子重政に譲られていたが、この重政も後に伊勢移封となったために空城となり廃城となった。


東西170m、南北105mの規模で、本丸・二の丸・三の丸を備える本格的な縄張りであったらしい。現在は笠寺小学校となっている。
重勝とも山田重忠のものとも言われる首塚があるという話であったが見つける事はできなかった。というか入れなかった。
小高い地にあり、城らしい地形ではある。小学校の中に碑があるのだが撮影できなかった。職員室で事情を話して撮影させてもらおうとしたが短パン・Tシャツの怪しい男なのですごすごと退散。