姫路城 その3
雨水抜きを外側から撮影(「ル」の櫓から「タ」の渡櫓外側)。長局に入ると長櫓に屈曲や食違い部分が現れ、石垣を登る敵に対して横矢をかけるようになっている。

「ヨ」の渡櫓屈曲部。ここにも大戸が設けられている。

廊下の右側には小部屋が連なる。最初は一つ一つの部屋に足を踏み入れて撮影していたが、あまりの多さに後半は覗くだけになってしまった。

「ヌ」の櫓、二階へ通じる階段。ご覧の通り上がることはできない。

「ヌ」の櫓を過ぎて「カ」の渡櫓へ。ここでは西の丸長局の説明板が置かれてある。部屋の入口には「女の館」、何やら意味深で興味をそそる。

多聞櫓最終点である化粧櫓内部。
豊臣秀頼に嫁いだが大阪夏の陣で豊臣家は滅亡、大阪城から助け出された千姫(徳川秀忠娘)は姫路城主本多忠刻のもとに再嫁した。その際の化粧料10万石で建造されたのが化粧櫓。

毎朝男山天満宮を遥拝した千姫の休憩所・身づくろいを行ったとされる化粧櫓。
姿絵から再現された人形は侍女と貝合に興じている。
姿絵から千姫は喫煙していたようで、煙草盆も再現されていた。

千姫アップ。最初の夫を戦で亡くし、二度目の結婚で幸せを掴んだかと思われたが子供は夭折、夫忠刻も結婚生活10年で病没してしまう。その後江戸に戻って髪を下ろして天樹院と称した。1666年死去、甥の四代将軍家綱の治世となっていた。

せっかくなので侍女もアップ撮影。非常に千姫に似ているのが特徴であるが、貝合へのやる気はかなり高い。

化粧櫓から撮影した「カの渡櫓」は支柱で支えられている。その奥の二層櫓は「ヌの櫓」。

化粧櫓から一旦室外へ出る。
写真は化粧櫓南側の武者溜まり。

化粧櫓付近から撮影した大天守。隣は西小天守。

下から撮影した化粧櫓。石垣が二段になっているのが特徴。

高麗門である「ろの門」城内側。

「ろの門」外側。
門をくぐって右側の石段を登っていくと大天守に進んでいく。

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