安土城その5 (二の丸〜本丸)

信長公記には数千人を要してひっぱり上げられたと言われる蛇石の事が記されているが、この石も一部では蛇石として紹介されている。
信長公記の記載が多少大げさだとしてもこの石がその蛇石と言われるだけの大きさはない。

本丸跡
本丸跡。百個以上の礎石が発見されている。
ここに御殿である清涼殿と同じ平面を持つ建物が建てられており、天皇を迎える為の行幸御殿であったとする説が有力。
「千畳敷」とも言われるだけあって、安土城の中では広い敷地を誇る。

本丸跡の説明板。
非常に素晴らしい。


 説明板の拡大
 本丸跡の平面図
 安土城主要部平面図

本丸跡に残る礎石。
安土城炎上時の高熱によって焼かれた跡の残っている礎石もあるらしいが確認できず。

八角平方面への道。以前訪れた時には行くことができたが現在は通行止め。
この城ほど訪れる度に様子が変わる城も珍しい。

伝米倉跡への道、ここも現在は立入禁止。
なぜか廃墟スピリットに火がつく。

三の丸方面への道。こちらも通行止め。
不遜ではあるが、まだ発掘調査が進んでない頃の「廃」っぽい雰囲気がどんどん整備されていくのは若干寂しい気もする。
崩れた石垣、もしかしてと思わせる瓦の破片…。
整備がすすんで実態があきらかになるのはもちろん嬉しい事ではあるが間違っても復元天守閣とか建てるのはやめてほしい。

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