小牧山城 その3 

曲輪を区画する堀跡。信長時代に約45m間隔で掘られていたが、土塁建造時に埋められた。幅2m以上、深さも1.5m程のV字型薬研堀だったらしい。手前は堀の位置を復元したもので幅、深さ共に正しくない。奥の土塁のコンクリート部分が当時の堀。土塁の下に埋め込まれてしまっているのを見ることができる。


 説明板1
 説明板2

堀跡を横から撮影。この辺りの展示・説明は非常に好感がもてた。前回訪れた時には搦手口で満足してしまい、このような展示があることに気付かなかった。
小牧山城を訪れたらぜひ見て欲しい一品。

さらに時計まわりに歩いていくと現れる、碑と説明板。この説明板は土塁の辺りにも置かれている。


 説明板

城の北東部の虎口跡。L字型に曲がった土塁が想像できる。説明板が非常に良い。


 説明板

堀を渡って城外から撮影した虎口。削れてしまっていて、ここからは少々虎口を想像するのは難しいかもしれない。

城の東側の曲輪跡。まわりを復元された土塁で囲まれた一郭。芝生がひかれて、ちょっとしたグラウンドみたいに見える。


 パノラマ

曲輪跡から南側部分はもともと中学校があったのだが、現在は移転して発掘調査と復元整備工事が行われている。
写真は復元されつつある土塁。

こちらも整備中の虎口。左側が城外へとつながる。虎口の造りが非常に分かりやすい。

右側が名づけてグラウンド曲輪。土塁の外側には小ぶりな堀が復元されている。

やぶを抜けて大手口方面へ戻る。その最中に倒れた卒業記念碑が…。中学校が移転して10年以上がたっており、碑もこの有様…。卒業生には申し訳ないが、なにやら廃村チック。

あちこちで空堀跡を目にすることができる。
明治まで入山禁止だったためか、街の中にある割には遺構の保存状況が良い。

自称遊園地上から右の大手道を登らず、天守閣までの近道コースを行くと右手に見える空堀跡。簡単に見つける事ができるのでお勧め。

さらに少し登った所から見下ろす形で堀を撮影。山頂部を囲む堀のひとつ。

穴がぽこんと開いていて、ロープが張ってある。何か城の遺構かと思えるが、資料によると防空壕跡らしい。これはこれで興味津々。

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