備中松山城 その1

本丸の説明板の一部抜粋。
城自体は北から「大松山」〜「天神」〜「相畑」〜「小松山」〜「前山」の五峰から成り、大松山が当初築城された峰であったが、城の増強と共にその範囲は南側へ伸びていき、後年その中心は小松山に移った。


現在天守閣が残り、復元整備が行われているのも、この「小松山」一角となっている。
できれば、大松山まで足を伸ばしたかったのだが、時間の関係でこの小松山だけの散策となってしまった。
あちこちで横矢掛りが見られる城であった。

週末や祝日は車のすれ違いが難しい「ふいご峠」手前の駐車場で、シャトルバスに乗り換える必要がある。駐車場は無料であるが、このシャトルバスは往復で300円必要。受付は地元の中学生らしき女子。36歳ともなると、なかなかこういう世代と顔を合わせる機会もないものだ。

城のある高梁はいわゆる盆地で、まわりを山々の囲まれている。晩秋、その地形はちょっとしたパノラマ気分を味わせてくれる。

バスは5分程度でふいご峠を越えて駐車場へ。ここから天守までおよそ600m、徒歩15分のちょっとした遊歩道が伸びている。


夏などはここで飲み物を買っておいた方が良いかも。

「遊歩道」とあるが、ちょっとしたハイキングコース。たいした荷物を持っていないにも関わらず、心拍数は100を軽々と越えた。
晴天時は良いが、雨天時や冬季は滑りやすくなると思われるので、注意が必要。ヒールでの登城はやめたほうがよいと思う。

5分も歩くと、石段や石垣が見えてくる。山道よりはマシだが、先の見えない石段に少々ゲンナリする。

中太鼓丸跡。
往時の山麓と天守間では、太鼓を用いた連絡がとられ、その中継地点であったため、この名がついた。
遊歩道で最初に見られる、曲輪らしい曲輪。櫓も建てられていたようだが、現在は残っていない。

柵も何もないので、こわごわ石垣の先端へ。山に囲まれた高梁市街が一望できる。

中太鼓丸からしばらく歩くと、大手門付近の石垣群が見えてくる。大手門に迫る敵に対する横矢掛りと思われる。


道々には「城主」からの登城応援メッセージが建てられているが、疲労困憊状態では腹立たしくもある。

枡形を形成している大手門。
上段の三ノ丸に番所が置かれていた。

大手門右手には三ノ丸・二ノ丸の石垣が連なる。右手の石垣は巨大な岩盤上に積み上げられている。


平城の規則正しさも美しいが、やはり城としての迫力は高低差のある城に限る。

自然岩盤に亀裂が見られ、石垣のゆがみも発生しているため、岩盤変動監視システムたるものが設置されている。
説明板で何やら色々説明されていたが、簡単に言えば、事前に岩盤や石垣の崩壊を察知して、被害を防ごうというものらしい。それで若干景観が悪くなるけど、ごめんねと。

大手門枡形内側から城内方面を撮影。奥に見える塀には矢狭間や鉄砲狭間が見られる。一部現存するものであり、重文指定されている。

大手櫓跡。
大手門を形成する櫓門跡。

三ノ丸跡。
上段の厩曲輪・二ノ丸の石垣が連なり、大手門付近ほどの迫力はないが、石垣の広がりがあって、なかなか壮大な景色。

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