松代城(海津城) その3

東不明門橋から本丸東側の石垣を撮影。弧を描いてはいるが、横矢などは見られない。


東不明門橋を渡って東側の二ノ丸へ。外側を土塁がぐるっと巡らされている。


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東不明門橋。資料などを参考に復元されている。一休さんにも出てきそうな橋だ。

東不明門の更に東側に石場門。微妙な復元のされ方で往時のイメージを思い起こすのは少々難しい。

二ノ丸を南側へ歩いていく。写真は本丸南東部の石垣。見えている橋は太鼓門前橋。


城南側から城を撮影。正面に見えているのが大手にあたる太鼓門。


拡大写真

復元された太鼓門と前橋。写真写りの良いアングルなので観光客はほとんどこのあたりで写真を撮っていた。逆に言えば、人がいなくなるタイミングを見計らうのが難しい。

前橋から太鼓門を撮影。こちらの虎口は北不明門のように直角に曲がっておらず、に筋違いになっているだけ。

太鼓門と前橋の復元前の様子を紹介した説明板。右上の写真は太鼓門も前橋も見られない状態で、石垣の様子が良く分かる。

南西側から撮影した太鼓門と前橋。

太鼓門南側のニノ丸南門跡。こちらも建造物は復元されていない。微妙な土塁と石垣が復元されているのみ。現在の松代城の事実上の南端で、ここから外は城跡公園でなくなる。

ニノ丸南門跡近影。この外側に展開されていた丸馬出と三日月堀は姿を消している。縄張上のメリハリ部分なので、これは惜しい。

しつこくニノ丸南門跡近影、ただし今度は城外側から撮影。

更に南側(外側)から撮影。なーんとなく、敷地で馬出を表現しているような気もするのだが…。

城南側。右側が城方面。三日月堀のあったあたりだと思われるが、長野電鉄の線路建造などでこのあたりは往時をほとんど留めていない。

真田宝物館松城城ジオラマの三日月堀部分。上から太鼓門前橋、二ノ丸南門、丸馬出、三日月堀となっている。

城内に戻って、ニノ丸南側の敷地を撮影。

太鼓門前橋を渡って太鼓門表門撮影。

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