名護屋城 その2

二の丸から遊撃丸の石垣を外側から撮影。
石垣が波状に見られるが、これは破却した名残らしい。

搦手口。説明板によると瓦敷の排水路が存在するらしいが自分は確認することができなかった。
搦手らしく食違い虎口を用いた曲折したつくりとなっている。


 搦手口説明板

上の写真位置から下に降りて逆向きに撮影。

浅野長政の職名から名付けられた弾正丸。ここまでしか入れなかったが当然廃墟スピリットに火がついた。ただし火がつくだけでちゃんと引き返す自分…。

破壊された石垣をそのまま残し、盛り土だけ行った修復。このような整備方法は非常に賛同できる。

二ノ丸と三ノ丸を結ぶ通路であった馬場。
築城時の石垣を比較的残しているという。


 馬場説明板

三ノ丸櫓台に残る礎石。

 三ノ丸櫓台説明板

三ノ丸櫓台登り口、柵によってこれ以上は登れず、上の状況を知る事ができなかったのが残念であった。

と思っていたが本丸に登ると上からしっかりと見る事ができた。

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