勝幡城

勝幡城看板。「この城に生まれたともゆう」…微妙な書き方。
辺りに説明板等は無かった。遺構としては残っていないが、信長の生誕地というなら、もう少しなんとかできないものか。

勝幡城跡碑、民家のすぐ隣。たくさん写真を撮っていると怪しい者に思われるのではないかとビクビクしながら、相変わらずの小心者ぶりを発揮しつつ撮影。
碑の裏には城の説明が漢文でされている。全部読めるわけではないが、説明板もないので大変参考になった。

まわりに遺構はなく、ちょっとした広場に碑と看板があるだけ。写っている範囲がすべて。

ご覧の通り、碑と看板だけ。

すぐ西を流れる日光川。もう少し下流の津島は当時は水運の要の河川港として反映した。
現在は本丸であった場所を流れている。

日光川にかかる「よめふりはし」。なぜこのような名前がついたのか興味があるが不明。欄干には勝幡城の復元図が掲示されている。できれば説明も欲しいし、しゃがまないと見ることができないこの高さもなんとかした方がよいと思う。

上の写真拡大、勝幡城復元図。館形の城、三重の堀、城下の繁栄がうかがえる。

日光川。河川水運の要として繁栄していた。

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