天目山古戦場その2 

「武田慕情」の歌碑。残念ながら聞いたことがない。

景徳院で飼われているでかい犬。
おとなしいがやはりでかいと怖い。
景徳院で飼われているでかい犬。
なでると気持ちよさそう。途中でとめると哀しそうにするので気が弱い自分はなかなかやめられなかった。
景徳院で飼われているでかい犬。
もう俺にめろめろ。

左から信勝・勝頼・夫人の墓。後ろには殉難者の墓もある。
説明板に法名も刻まれていた。


勝頼:景徳院殿頼山勝公大居士
夫人:北条院殿模安妙相大禅定尼
信勝:法雲院殿甲厳勝信大居士

勝頼・夫人・信勝の首の無い遺体を葬ったと言われる「没頭地蔵尊」。真ん中の勝頼のものと思われる石には地蔵らしき人物が刻まれているが、頭の部分がない。

景徳院の近くにある鳥居畑古戦場。
最終的に勝頼達が織田軍の先方と戦ったところ。

景徳院の近くにある土屋惚蔵片手切の碑。
土屋昌恒が攻め寄せる織田軍に対し片手で藤蔓につかまり、もう片方の手で織田兵を1000人切りまくったという伝説にもとづく。この間に勝頼は田野の高地(景徳院)に移る事ができたという。

JR甲斐大和駅に建つ勝頼像。そんなに大きな像ではないがなかなか格好よいと思う。

景徳院山門前の川辺にある「首洗い池」。

姫ケ淵に建つ石絵。
勝頼夫人の侍女16人は川に身を投げて殉死したと言われ、これを表現したもの。ちなみに勝頼夫人も含まれるので17人。右端の女性はなぎなたを持っており、左の方の女性は短刀で自刃したのか倒れている。

姫ケ淵の説明板


 説明板拡大

姫ケ淵。現在は上流にダムができて水量が少ないが当時はかなりの激流であったらしい。

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