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長浜城
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彦根城





長浜城
長浜市公園町
築城/廃城年 1574年/1615年
築城者 羽柴秀吉
1573年浅井氏を滅ぼした織田信長はその旧領であった北近江を羽柴秀吉与えた。北近江は北陸方面への押さえ、京・岐阜間の交通確保の要として重要視されていた地であった。当初秀吉は浅井氏の居城であった小谷城に入ったが、不便な山城を嫌い、琵琶湖のほとり今浜にあった旧城跡に新城を築き、あわせて地名も長浜と改名した。
以後秀吉は10年近くこの城の城主であったが、信長が本能寺に倒れると、清洲会議で柴田勝家の甥、勝豊に譲られた。
賤ヶ岳の戦い後は山内一豊、内藤信成・信正が入ったが、大阪の陣で豊臣家が滅びると廃城となり、資材は彦根城に再利用された。
彦根城の天秤櫓はこの城の遺構とされている。
現在、城は公園として整備され、昭和58年には復興天守閣が築かれた。
今回は時間が遅かった為に入城する事ができなかったが、基本的にはお約束の展示がされている。以前入った時には石田三成の頭蓋骨の複製が展示されていたと思ったのだが、今もあるのだろうか?
湖のほとりに建つ復興天守閣。琵琶湖ほとりの観光地として名を上げた黒壁スクエアからも徒歩圏内。


 説明板1
 説明板2
旧長浜領の境界を示す碑。長浜は秀吉の時代から年貢が免ぜられていた。


 説明板