豊予要塞 佐田岬砲台その他その3

山肌の窪みアップ。
ここに蝋燭を置いていたわけだ。

周回路から山頂方向への道へ足を進める。山頂にも何かしら遺構が残っているらしい。

写真は整備された階段脇のコンクリート柱跡。

山頂到着するも、公園として整備するための工事中だった。
遺構の種類が何であれ、これで一つの戦跡が姿を消えたということで。
写真中央のおじさんがゾゴックもしくはジャミラに見えたあなたは加齢臭ただよう世代とお見受けする。


岬の先端の佐田岬灯台。
何となく錫杖を持った坊さんみたいに見える。

この灯台下に二門、さらに灯台奥の地続きの島(大島)に二門の砲台跡が残っている。

灯台へ続く階段。
よく見ると、脇には当時のものらしき石垣が残っている。

大正7年竣工の佐田岬灯台銘板。
ご多分にもれず、現在は無人化されている。

灯台から砲台を見下ろすと灯台下砲台が見える。
予想以上の迫力に早く近くで見てみたいと思う。

しかし近づくルートが見当たらない。奥には漁協関係の施設も見えるのが、見つかるとかなり怒られるらしく、今回は使えない。

ということは、かなりハードな降下になるようだ。少なくとも自分にとっては…。

降下前に灯台付近で逃げの記念撮影。
まずは灯台裏側の「四国最西端」の碑。

とりあえずマフ巻さん記念撮影。
二人共ポーズの意味は不明。筆皇はともかく、案内してもらってる手前、マフ巻さんに「それ、何のポーズですか?デフォルトですか?」など聞けない。

で、久しぶりにフュージョンポーズ。
バランスが悪いのは久しぶりのせいかと思ったが、後から昔の写真を見直しても全盛期もこんな感じだった。

近くを通る観光客が誰も目を合わせてくれないのは昔からなのであまり気にしない。

若干危険を伴うので詳細なルートは割愛するが、灯台から砲台へ向かうアグレッシブでデンジャラスな道へ。写真一枚撮るのが精一杯だった。

足を何度か滑らせたもののやっと下へ到達。

危険ゾーンを脱出できたという開放感は自分に写真を撮る余裕を与えてくれた。


…えっ?ここじゃないの?

ということで、更なる危険ゾーンへ。

自分では写真を撮る余裕が無かったので、筆皇が撮影した腰砕けな自分の写真をどうぞ。

ポーズで険しい顔をしてると思ってる人もいるかもしれないが、そんな余裕はない。

やっとこさ灯台直下到着。
下から見上げると上から見下ろした時ほど高度を感じないことは多々あるが、ここは下から見ても結構高度を感じる。


灯台と砲台の台台コンビの位置関係はこんな感じ。
灯台の右下部分にかつての通路跡が見られるが、やはり戦後にイギリス軍によって破壊されており使用できない。


灯台下の砲台跡。写真だけ見ると高さ2mくらいに見えるが、実際は砲台下部で4mくらい。
かつてマフ巻さん達は上部からラべリング降下によって内部散策を行っているが、今回は当然無理。

何となく下から登れそうな気がしないでもない。
マフ巻さんも「何となく登れそうですね」とつぶやく。
雰囲気的にマフ巻さん突入かと思って待ってみる。


「僕はいかないですよ…、風強いし…」


そ、そうなの…?じゃあどうするの…?

仕方ない。
「君、登りなよ」
筆皇にふってみる。

前頁戦争遺跡トップ次頁
鶴見崎砲台  軍用桟橋  第一砲台  第一砲台観測所  第二砲台  第二砲台観測所  司令部/佐田岬砲台他

観光トップ
ページトップ