豊川海軍工廠 その7

人工的なエッジが現在も残る土塁跡。
しつこいようだが、ここもどこかに内部に通じるトンネルが開いており、崩壊しつつある建造物が残っていると思われる。


そう考えるだけでぞくぞくするあなたは廃墟マニア。


プール跡と称される水槽の西側に残る「第二原料粉砕場」と「第三料薬配合場」跡。
二棟を結ぶ木製の渡り廊下が残っている。

北側の第三料薬配合場壁面。
倉庫などの建造物同様、すこぶる厚い壁。

配電盤。
恐らく大学施設となってからも使用されていたと思われる。

大きな配電盤。
かなり電力を要する作業場だったのだろうか。自分が知ってる電気用語は「オームの法則」と「ジュールの法則」と「ストロンガー電キック」のみ。そんな知識では謎は解けない。

第三料薬配合場廊下。
右手に部屋が並ぶ。

オリジナルと思われる曇りガラス。
風の町は見られない。

だいたいどの部屋も電燈がぶら下がるくらいで遺物などは見られない。

見学者の中で割と若めのお兄さんが一眼で室内を撮影していた。撮ってる感じからするとズームで雰囲気のある写真を狙ってたようなので廃マニアかもしれない。


どうでもいいが彼女も連れてきていた。

だいたい建物の中で一部屋くらいはこのように天井が崩壊している。

奥(西側)から撮影した通路。
手前側(東側)から撮影したときと反対で左手に部屋が並ぶ。当たり前だが。

壁にかけられた絵画みたいな窓…とありきたりなキャプションしかつけられない自分の想像力に38歳という年齢を感じる。

第三料薬配合場の廊下を西側に突き抜けると、道を挟んで焼夷剤配合場跡が残る。四方を囲んでいた土塁は既にない。

焼夷剤配合場跡室内。
壁の厚さと比較して明らかに弱そうな屋根の様子が良く分かる。

入口付近の電気スイッチ。
これくらいしか写すものが無かった。

前頁 元の画面次頁
観光トップ