篠島 その4 | ||
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岩場を天狗のように乗り越えていく四十路後藤さんと全くついていけない三十路3人組のゆかいな仲間たち。 | ||
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小学生の書いた「清正の枕石」説明板発見。残念ながら載せてある地図は、近くの駅への道順を知るのに日本全図を使用するようなレベルの壮大なもの。 ゆえに全く場所が分からない。 |
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いくつかクサビ跡の残る切り出し途中の岩は発見できたのだが、肝心の枕石は発見できなかった。 | ||
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途方に暮れる。 本土決戦陣地だけならともかく、観光マップに載っている観光スポットすら見つけらない…、哀しすぎる…。 |
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日本の夕陽百選にも選ばれている松島。 この後、戦跡探しのため、山中の遊歩道を歩く。筆皇は途中、腹痛のため「ビック便・オン ザ フィールド」決行。拭き取りには個人事業主時代の名残である、レシートを使用。 |
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結局中学校付近でも戦跡は発見できず、一気に島を北上、城跡でもある「城山水神社」へ向かう。 神社のふもとにある小学校に車を駐車。しかし様子がおかしい。どうも廃スメルがするということで散策してみると…。 |
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やはり廃屋(?)となっていた。くだんの耐震強度不足ということで、中学校横の内海高校分校校舎へ移転していたのだ。 | ||
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さすがに鍵がかかっており内部へ入るのは不可能。窓から内部を撮影してみた。移転から1年弱、とくに痛んでいる様子もないのだが、やはり人が入らない建物は特有の雰囲気を放つ。 | ||
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狭い運動場を通って、体育館方面へ。 | ||
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下駄箱跡、左側に見えるのは渡り廊下でつながった建物の入口。 廃マニアでもある後藤さんは大興奮。 |
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倉庫跡か旧校舎跡? | ||
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結構立派な体育館。やはり中には入れない。全く使ってないとすれば少々もったいない気もする。 | ||
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ダイエットで3kgほど痩せ、羽毛のように軽くなった自分を表現してみる。 | ||
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運動場に置き捨てられたベース。なかなかお目にかかれないような正岡子規スタイルだった。 | ||
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飼育小屋も残存。兎の骨とか落ちていないかと期待してのぞいてみたがやはり無かった。 | ||
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教室内には児童が作ったお御輿が残されていた。倉庫として使っているのだろうか。 | ||
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運動場の片隅に置かれていた教材用ポスト。投函口がなければ教材用にもならない気もするが、いらんお節介なのでHPで愚痴るだけにしておく。 | ||
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小学校跡散策後、肝心の城山水神社へ。 とても戦跡などあった雰囲気はなく、すぐ退散。 写真はドラえもんの鈴のモデルになった鈴。関係ないが、自分の妹の名前は「鈴音」、自分が名古屋に出てきてから産まれた年の離れた妹である。最初親から電話で出産を伝えられた時には「雀」に聞こえ、親のネーミングセンスを真面目に疑った。 |
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天狗の墓。天狗も死ぬらしい。 不謹慎ながら遺体の顔に白布をかけた風景を想像。 「真ん中もっこり夕焼けニャンニャン!」を続けて連想。 |
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