航空自衛隊浜松広報館 展示機など | ||
|
||
※以下「」内説明板抜粋 | ||
|
||
H−21B救難ヘリコプター 最初見たときは胴体が折れているのかと思った。 「1960年からアメリカより10機が供給されました。1967年に用途廃止になるまで、救難用として使用しました。」 「救難ヘリコプターとして導入された機体で、タンデムローター式ヘリコプターのパイオニアです。」 |
||
|
||
C−46輸送機 「1955年からアメリカより36機が供給されました。1978年用途廃止になるまで各輸送航空隊において人員輸送や飛行点検等に活躍しました。」 「航空自衛隊が最初に導入したレシプロ双発輸送機で、近代的航空輸送の原点を築いた機種です。」 |
||
|
||
三菱F1 「対地、対艦戦闘を支援するため、超音速高等練習機T−2をベースに開発された、国産初のジェット戦闘機です。」 |
||
|
||
V−107救援ヘリコプター 「大型ヘリコプターとしてガスタービン化されたバートル107(V−107)は陸上自衛隊で1966年に国産化気を領収したのをはじめ、航空自衛隊では第1号機を1967年11月にS−62に代わる救難ヘリコプターとして領収した。」 |
||
|
||
中は狭いような広いような…。 これで何時間もゆられていくのはかなりしんどそうだ。 |
||
|
||
シコルスキーS-62J 「航空自衛隊が初めて導入したタービンエンジン・ヘリコプターで、救難能力の劇的な向上に貢献しました」 |
||
|
||
MU−2救難捜索機 「飛行援助施設機能の点検を行うために導入され、U−125にその座を譲るまで空の安全に寄与してきました。」 「三菱重工業が自社開発したMU−2機の改造型で、救難用捜索機として必要なドップラーレーダー(自立航法装置)、水上救命灯、救命用ブイ等を装備する。」 |
||
|
||
T−6練習機 「更に高度な操縦教育を行うために導入されたレシプロ練習機で、多目的に活用されました。」 「T−6は、世界33ヵ国で使用されたという練習機である。原型は1938年に米国のノースアメリカン社が造ったもので米陸軍に採用され、戦時中に大量生産が行われた。わが国には階上自衛隊のSNJ52機ともに1955年1月以降航空自衛隊に供与され、中間練習機として長い間パイロット育成に使用された。」 |
||
|
||
DH115バンパイア 「第2次大戦末期に完成したバンパイア戦闘機を並列復座の練習機に改装されたもので、英国デ・ハヒランド社で製作された。わが国へは1956年1月に、航空自衛隊の国産練習機開発のために参考資料として1機輸入され教材として使用された。」 |
||
|
||
半2階から撮影。上から見ないとなかなか全体のプロポーションが分からない。 | ||
|
||
半2階から撮影したDH115。 メタリックな塗装もかっこいい。 |
||
|
||
T−1Aジェット練習機 「T−6練習機に代わるものとして、わが国で初めて国産したジェット機。エンジンのみ英国製を使用しており、1962年8月までに計46機が生産された。」 「初等ジェット教育を行うために開発された、戦後初の国産ジェット機です。」 |
||
|
||
B−65連絡機 「民間名クィーン・エァーと言い、広くビジネス機として使用されていた。軍用機は米軍呼称をU−8という。1969〜1970年度にレシプロ機用パイロット養成のため、海上自衛隊に移管していたが、1979年度末に再移管されて、航空自衛隊所属となった。」 「当初は計器飛行訓練機として導入され、後に連絡・人員輸送など多目的に使用された空のワークホースです。」 |
||
|
||
T33Aジェット練習機 「MAP(米国の無償軍事援助協定)による装備は1955年1月で終了し、1956年3月からは国産化機を装備した。大戦末期の最初のジェット戦闘機を練習機に改造したものであるが、稼働率は高い。 航空自衛隊パイロット教育の基本操縦課程をうけもってきた同機は、1990年秋以降、後継のT−4にその道を譲り練習機としての氏名を終えた。」 |
||
|
||
T−2超音速高等練習機 「T−2は、第三次防衛力整備計画で国内開発することが決定され、1967年からわが国の航空機工業の総力を結集して開発された超音速練習機。高等練習機として、パイロット教育の最終段階に使用される。超音速機の国内開発は、これが初めてであった。 開発は、超音速高等練習機として使用できるとともに、若干の改造により、対地支援戦闘機としても使用できることをねらってなされた。 展示機は航空自衛隊の曲技飛行チーム「ブルーインパルス」として活躍した機体である。」 |
||
|
||
後方から撮影したT−2。ほとんど「鼻」。 | ||
|
||
F−86F戦闘機 「1955年米軍からの供与で初装備以降三菱重工業で300機生産され、本土防空の一翼をになった。一部(18機)が偵察機(RF−86F)に改修され1982年まで使用された。 原型の初飛行は1947年である。展示機は航空自衛隊の曲技飛行チーム『ブルーインパルス』として活躍した機体である。」 |
||
|
||
T−28B練習機 「T−28トロージャンは、戦後ノースアメリカンが開発した前輪式のレシプロ練習機で米海空軍で採用され、約2,000機が使用された。航空自衛隊は(?)年購入、岐阜の実験航空隊(当時)に配備、各種のテストに用いた。その後偵察航空隊に配備され、偵察訓練機として使用された」 前輪式というのは初めて見たがやはりものすごく違和感があった。 |
||
|
||
少し締まりがないように思える機首。 | ||
|
||
F−2支援戦闘機 こちらは実機ではなくモックアップとなる。 |
||
|
||
F−2モックアップ前面から撮影。右翼はついていない。 写真右側にF−2に装備できるミサイルなどの模型が展示されている。 |
||
|
||
ラインメタル対空20ミリ2連砲 「ドイツ製の対空機関砲です。1970年代にM−55の後継機選定のために、数台導入し、千歳基地で運用試験を実施しました。」 操作員:3または4名 発射速度:毎分1,000発 「運用試験を実施しました…」 コメントがここで終わっているということは採用されなかったということだろうか…? |
||
|
||
前面から撮影。 どんな仕組みなのかとんと検討もつかないがただ単純にかっこいいものだ。 |
||
|
||
対空機関砲VADS 「基地防空のための最終段階を担当し、低空で侵入する亜音速機を捕捉・追撃する軽易な半自動独立火器システムです。毎分3,000発の高速発射が可能な20mmバルカン砲を搭載し、リードコンピューティングサイトと測距システムを組み合わせて航空機の将来位置を予測することで命中率を向上させています。レーダー追随装置を備えたVADSI、赤外線画像追随装置を備えたVADSⅡ、レーダーと赤外線画像追随装置を備えたVADSI改があります。展示品は、VADSⅡ開発のための試改修用として2台製作されたものです。」 操作員:2名 発射速度:高速毎分3,000発 低速毎分1,000発 |
||
|
||
操作部を横から撮影。 なにやらハンドルらしきものが見えるが何に使うかなどは全く分からない。 |
||
|
||
照準らしきもの。 これが赤外線画像追随装置だろうか? |
||
|
||
1/2/3/4/展示機など |