沖島 その1
(2007/7/30)

琵琶湖沖合約1.5kmに浮かぶ島。日本では唯一、世界でも希少な定住者がいる湖沼の島で、約140世帯450名が生活している。周囲は約10kmあるが、島民の生活はほとんど島の南海岸沿いの狭い範囲が中心となっている。世界的に希少な島ではあるが、それを声高に宣伝することもなく、観光スポットもほとんど存在しないため、島を訪れる人の大半は釣り人のようである。
島へ渡る交通手段は、近江八幡市の堀切港から船が一日11往復(日曜日は9往復)出ている。これ以外に長命寺からの便もあるが、一日一往復のみで観光目的で用いるのは難しい。この他チャーターすることも可能だが費用面から、こちらもお勧めできない。


文献に残る歴史としては、6世紀初頭に藤原不比等が当時無人であったこの島に、湖航行の安全を祈念して奥津島神社を建立したものが最初。12世紀中期に起こった「保元・平治の乱」で敗れた源氏の落武者7名が島に渡って定住したのが島民の祖先とされる。その後も京に近いだけあって、室町幕府八代将軍義政の愛妾の流刑先となったり、織田信長が島民に漁場の特権を認めたりなど、京に近いだけあって権力者の名前もちらほら見られる。また、湖上で激しい風雨にあってこの島に非難した本願寺の蓮如が、子供を残して死んだ母親の幽霊を成仏させたという伝説も残っている。この時蓮如に帰依した島民が建立したのが西福寺。


島民の平均年齢はご多分に漏れず高く、主な産業はやはり漁業。しかし近年は後継者不足や漁師の高齢化などで漁業離れが進み、壮年層の中には船で対岸へ渡り、港に停めてある車で通勤というケースも増えてきている。都会の通勤時間と比較すれば、それほどナンセンスな話でもないが、少し湖が荒れると即欠勤となるのが痛いところ。


島内の学校は小学校のみ。中学校は昭和39年に本土の学校と合併してしまって島内には無い為、スクールボートで本土に渡って通学している。小学校は平成7年に建てかえられたものだが、外観は木造チックなレトロ調外観となっている。近くに移転前の学校跡もあったようだが、現在は取り壊され、削平地が残るのみとなっており大変残念。ちなみに給食は本土から船で運搬し、港から小学校までは生徒がリアカーで運ぶらしい。

@沖島漁港&漁業会館 … 上陸場所
A小学校跡 … 裏メイン目標
B沖島保育所 … 意味はない
C沖島小学校 … 木造チックな外観
D沖島資料館 … 唯一の資料館 ただし当日は休館日だった
E奥津島神社 … 島の歴史のはじまり
F民宿湖上荘 … ここまでは歩いた

近江八幡市の堀切港(本土)。
本土での移動用に置かれた島民の駐車場はあるが、観光客用の駐車場は整備されていない。仕方がないので、空いたスペースに車を停めておいた。


写真は船乗場付近から撮影したもの。中央付近の小屋が待合所だが、切符売場などはなく、乗船料金は船に乗ってから係員に払うらしい。

船乗場。
なんの味気もない乗場。居合わせた年配の団体客がいなかったら、本当にここから島へ渡れるのか不安になっていたことだろう。

島民のものか、この付近の人のものか知らないがたくさんの小型船が係留されている。
一眼カメラをもった20代くらいの男が一人、船を待ちながら船の写真を撮っていた。男一人、カメラをぶら下げてマイナーな島へ行くとはなんとなく怪しい雰囲気だ。
自分も日頃そう見られているだろうことはアウト オブ 思慮。

ある程度は予想していたが、小さい渡船だった。船名はそのまま「おきしま丸」。

年配の団体客は結構な数だったので、早めに並んでおいたのだが、案の定、次から次へと割り込まれる。それも笑顔で。

隣に座ったおばさんに何の団体か聞いた。
「色々調べに行くんですよ」とのレス。
何を調べに行くのか聞いた。
「えぇ私は知りませんねぇ」とのレス。

右隣のおじいさんが、オニヤンマと思われるヤゴの抜殻を自慢気に見せてくれた。
別のおばさんが何も考えずに、抜殻の近くにドスンと座り込んだので、おじいさんは抜殻を緊急避難。

乗船時間は約10分、おまけに湖なのでそれほど揺れないかと思ったが、予想よりは揺れた。


おばさん達としゃべっていたせいか、同一団体と見られたらしく、係員から料金の回収をされなかった。ラッキーだったような、哀しいような…。ちなみに正規料金は片道400円。

沖島漁港到着。右手に見えているのは島の中心、漁業会館。

船着場方面を臨む。
とても湖とは思えない風景ではあるが、やはり潮臭くはない。

バス停だが、ここにバスは来ない。
紛らわしいが、本土の堀切港バス停の時刻が記されているだけ。

バス停のすぐ裏にある「漁村の碑」、それ以上でもそれ以下でもない。

漁業会館では観光客用に干物などを販売していたが、島調べに来たという年配団体客はほぼスルー。

どこかへ去っていく団体客。
何を調べに来たのか非常に気になる。

海岸沿いの道を通って東へ。小学校跡を目指して歩く。

道路に堂々と干され、風になびく洗濯物。

洗濯物と同じく、風になびく仕掛け。のどかな島はなんとなく落ち着いた気分になれる。

島内では自転車よりも、大人用三輪車を多く見かける。そういえば最近店で売っているのを見ない。

数少ない土産屋兼食事処である「沖島港屋」。この日は閉店、店の中ではパートのおばさん達が椅子に座って何やら作業していた。

水辺に近いせいか、やたらトンボの性交を見かけた。

水辺の植物など見てると、海辺の漁村に似ているが、やはりどこか海とは違う部分が見られる。

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