音戸渡船 その1
(呉市 2011/2)

戦跡探索で訪れた呉、江田島。
砲台を探すために訪れた公園で見つけた音戸渡船の看板。なにやら「日本一短い定期航路」とのこと。時間的に乗れなかったが、ぼちぼち撮った周辺の写真にてレポート。


休石砲台を探そうとして音戸の瀬戸公園を彷徨っている時に見つけた看板。レトロなフォントが好印象。
すぐ近くには音戸大橋が架かっているが、ループ橋のため歩行者、自転車が渡るには非常に不便のため現在も残っている。
渡船場に立ってれば迎えに来てくれるが、雨の夕暮れには半透明の人が対岸に立つので紛らわしいとのこと。



写真右手前から写真左奥までが航路。運行距離120m。
せっかくなので乗っておこうかと思ったが、砲台がまだ見つかってなかったのでパスした。しかし結局見つからなかったので乗っておけばよかったと後悔。
写真右手が建設途中の第二音戸大橋。


こちらが三半規管をイメージして作られた音戸大橋。
ご覧の通りループになっている上、歩道もないため大変不便。車で何度か通ったが、車でも通行しにくい橋だった。

第二音戸大橋。
ループにはなってないのが何となく分かる。音戸大橋は結構混むのでこれで渋滞が解消される…か?


音戸の瀬戸公園に建てられている吉川英治文学碑。
個人的にはあまり興味がなかったのだが、次々と観光客が写真を撮っていくので惜しくなり、とりあえず自分も撮っておいた。


文学碑の説明板。
自分は読んでないが、読みたい人は読んでほしい。


休石砲台を探していたのだが砲台跡は見つからず、見たのはこの水槽らしき遺構くらい。
この日の午前中、亀ヶ首射撃実験場を探していた時、「亀ヶ首射撃実験場に行ければ午後の散策で遺構が見つからなくてもいい」と神様にお願いしたのが原因だろう。


ちなみにコンクリート船が堤防になっているのを見学しようとも思ったが(武智丸)、車を停める場所が無くこちらも断念。
たしかに亀ヶ首射撃実験場に行く道は見つかったし、日頃は水が溜まってるトンネルも乾いてた。約束通りと言えば約束通りなのだが神様もさすがにキッチリしている。

写真は「三ツ子島戦没者地蔵菩薩」。施主の名前が何やらめでたい。
戦時中は呉海軍病院三ツ子島消毒所があったようだが現在は無人島。

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