筆皇非公式ツアー 岐阜編 その2

信長居館跡にある石垣。多少の手直しはあるが使用している石材は崩れて落ちていたものを使用しているらしい。


穴太積が有名になる以前に組まれたもの。

居館跡碑。出角・入角や水路の遺構等も残っておりゆっくり時間をかけて見学したいところではあるが、時間の制限もあるのでほどほどにして撤退。

ロープウェイから撮影した金華山山中の塔。このころから4号は高山病で体調が悪くなりだし、ガイドの説明もあまり覚えていない。

手に棒を持って何もしないのは日本男児の名に恥じるということでいつものようにチャンバラ。
4号は筆皇に「下半身を狙うな」。筆皇は4号に「写真写りのよい振り方をするな」とそれぞれイチャモン。
当然、戦国時代なら真っ先に切られているであろう二人組。

3号、おばさんに写真撮影を頼まれる。
その堂々とした撮りっぷりに、筆皇と4号はそれぞれ3号にレンズを向ける。
3号もおばさんによくもてる。


4号撮影。
筆皇撮影。

岐阜城の模擬天守閣。
1600年、織田信長の嫡孫、西軍についた秀信が籠城、東軍の火の出るような攻撃の前に天下の堅城も一日で落城した。

野面積の荒々しい石垣。

天守閣内に展示されている、信長木像。
京都市大徳寺に保存されている信長一周忌に作成されたものの複造。
それでも等身大の大きさがある上、階段を登ったはなにあるので結構迫力がある。

天守閣付近から麓をのぞむ。予想した通りの岐阜市街。

天守閣からやや降りた所にある本丸井戸。現在も水を湛えているようだが鉄格子が入っていて中が良く見えなかった。


300mを越える山城での井戸だけに貴重なものであると思われる。

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