三重海軍航空隊その1
(津市  2010/11)

昭和17年三重県一志郡香良洲町に開設された予科練航空隊。
三角洲となっている香良洲町の1/3を占める広大な敷地に最盛期には約1万5千人が在隊し(現在の旧香良洲町地域人口約5千人)、終戦までにのべ6万5千人が戦地に飛び立っていった。このうち約5千人が特攻などで戦死している。

遺構としては香良洲歴史資料館に正門や遺品、海底から引き揚げた部品などが展示されている。敷地のおよそ南半分を占める練兵場区域は住宅化が進んで遺構という遺構は残されていないが、北側の兵舎区域は建造物こそ残存しないがコンクリートの基礎などが多く残っている。
ただし、この北側部分も平成に入って整地化が少しづつ進んでおり、数年すると完全に滅失する可能性が高い。

香良洲歴史資料館。【地図】
一階はロビーと戦時兵器の模型、二階は普通の民俗資料館、三階は遺品展示。
三階は撮影禁止、二階はどこでも見られる農業・漁業の道具展示ということで館内はあまり撮影していない。

資料館の門は航空隊の正門が移設されたもの。
元の門の位置→【地図】

門の碑文。
「祖国の反映と民族の平和」、いいフレーズなのだが、こんな当たり前の言葉でも人前で話すと「右寄り」と言われる。

門の横にあったレンガ製の塀。
ただし、こちらは元飛行生らによって復元されたもの。

戦後、付近の海底から引き上げられた航空機や船舶の部品が展示してあるコーナー。
かつては完全に屋外展示であったが、現在はお情け程度に屋根がついている。ただし防錆処理が行われていないようなので、今後どれだけもつかは疑問。

海軍マーク入り消化栓の三連星。
消化栓は敷地内にたくさんあったらしく、ここで展示されているものの他、数個展示されている。

引き上げられた二翅プロペラ。


二翅プロペラの説明板。

零戦のものと思われる三翅プロペラ&エンジン。
説明板にも記載されているが、大きく曲がったプロペラは着水時の衝撃の大きさを感じさせる。
機体も残ってれば引き上げてくれればいいのだが、プロペラやエンジンでこの保管状況ではとても機体の保存は無理だろう。


説明板。
こちらはエンジンもついているので説明も詳細となっている。

エンジンを横から撮影。
説明板を参考にじっくり観察すると、エンジンとプロペラの関係がよく分かる。

特攻艇「震洋」のエンジン。
いわゆるモーターボートの類なので、エンジンもそれほど大きくない。

ウィキペディアによると、このエンジンはトヨタ製とのこと。直4か?

同じく震洋のスクリュー。

なんかこんなチンケなスクリューしかついていない船で特攻するのかと思うと物悲しくなる。

 
資料館横に移設された海軍用地標柱。

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