豊川海軍工廠 その1

海軍工廠は海軍の艦船・兵器・航空機などの製造、修理を行う大規模な工場で、大正期までに横須賀(神奈川県)など5 か所に設立されていた。さらに、日中戦争の激化や太平洋戦争の 開戦によって兵器増強の必要性が高まると、今回紹介する愛知県豊川市の豊川海軍工廠をはじめ、新たに9 つの工廠が設立された。豊川海軍工廠は1939 年の開設以後、東洋一と いわれる規模を誇り、最盛期には6 万人を超える人々が主に機銃や弾丸の製造に従事していたという。


日本各地で空襲の被害が拡大していた1945 年に入ると工廠はたびたび戦闘機による機銃掃射や小 規模な爆撃を受けていたが、終戦間近の8 月7 日、マリアナ基地を飛び立ったB29爆撃機124 機によって初の大規模爆撃にさらされた。わずか30分の間に250kg 爆弾約3,200 発が投下されて施設は壊滅、犠牲者は2,500 名を超えた。 それまで敵機襲来のたびに工員が避難して生産性が落ちていたのでこの日、生産の中断を嫌って空襲警報や総員退去命令を出さなかったという説がある。敷地跡に残る「コ」の字型防空壕も通常のものより素早く出入りできる反面、爆撃から身を守るという面では劣っていたとされる。戦時下においては人命より兵器の生産性が優先されたのである。結局、工廠はこの空襲以降再開されることなく終戦を迎える。


戦後、民間に払い下げられると大規模な工場跡という立地のよさから多くの工場が進出、さらに1949 年には 名古屋大学空電研究所(現在の太陽地球環境研究所)、1950 年には警察予備隊(現在の陸上自衛隊豊川駐屯地)も置かれた。 現在工廠跡は年2 回行われる太陽地球環境研究所(工廠北西部)での見 学会で見ることができる。敷地には観測に用いられる施設が点在している他はあまり手が入っていない状態で、多くの建造物や爆撃跡は半ば雑草に覆われた状態で残されている。土居で囲まれた弾薬庫、燐の貯蔵プール、爆撃痕の残る火薬庫、そして直径10m 近い爆弾クレーターなど、他ではなかなかここまでまとめて見ることができない 遺構群である。
しかしこれらの遺構の風化も確実に進んでいる。大学構内ということで難しい部分もあるかもしれないが、ぜひ近代遺跡の指定を受けるなどして恒久的な整備が行われることを切に願う。


豊川市桜ヶ丘ミュージアムに展示されていた往時の配置図。
左上の部分、およそ1/4が現在名古屋大学太陽地球環境研究所の敷地となっている。比較的被害の少なかった場所で、見学ルートもこのあたり。火工部は火薬が多く蓄えられており、空襲の場合、危険とされたので多くの従業員は南側の正門方面へ逃げた。しかし皮肉にも爆撃の中心はこの正門近くであったため、より被害が大きくなったとのこと。

Googleマップで見た現在の工廠跡北西部。拡大してもらうと分かるがあちこちにコンクリート製の建造物が残っているのが分かる。

工廠北東部のジオラマ。
奥に見えるのが火工部で誘爆を防ぐための土塁に囲まれている。

海軍工廠で用いられた時刻ベル、マイクロホンなど。

名古屋大学太陽地球科学研究所本館前に集合。
毎年夏冬2回の見学会が行われている。夏は空襲のあった8月7日であるが、雑草が生い茂っているため、冬ほどの見学範囲はないらしい。

正門近くの配電盤。
海軍工廠時代のものであるが、大理石による絶縁体を備えている。現在も使用していて触ると感電する恐れありとのこと。

配電盤アップ。


昔感電したことあるので触らない。
しかし感電ってすごい、電気が走った瞬間、「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」って叫んでしまったもんだ。

海軍工廠時代から使用されていた東西を結ぶ通り。
道の脇に残る排水溝は当時からあったもので、道路の脇は歩道として使用されていたらしい。

正門近くの薬筒乾燥場へと続くトンネル。見学会などで一般的に見られる建造物の中で唯一四方に土塁が残っているのがここ。

トンネル内部。落ち葉で見えにくいが排水用の側溝も残る。

内側から撮影した土塁。屋根を少し越えるくらいの高さで4〜5mほど。


トンネルをくぐると見えてくる薬筒乾燥場。
この塁の中には他にも建物があったようだが、現在はこれしか残っていない。ツタがからみまくって廃墟チックな雰囲気は充分あるが、ぱっと見たところ戦争遺跡というイメージあまりなかった。

豊川海軍工廠復元ジオラマより。
建造物を囲う土塁とそれらを結ぶ通路の様子。


上の写真に写っている土塁もこれらの一つ。

火薬を扱う建物であるため、壁は厚く、屋根は薄い。もし誤爆した際、被害が広がらないよう、爆発を上に逃がすため。
壁は厚さ30cmの鉄筋コンクリート製、窓際のあたりにその厚さを見ることができる。

こちらは5年前に撮影した写真。
現在は外されている窓が残っている。わずか5年の間にも確実に遺構はそのオリジナルの姿を失っていく。

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