豊川海軍工廠跡 その3

太陽風を観測するための施設。もちろんこの研究所によって建てられたもの。
説明板もあったのだが、物理で7点しか取れなかった自分には恐ろしく難解でありすぎた。

火口部弾薬庫跡。相変わらず粗大ゴミが散在しているが、頑丈な扉、荷物を運搬するための車寄せ等、ほぼそのままの姿で残っている。

弾薬庫について説明する会長さん。
火薬をしけらせないように工夫がされているようで、60年たった現在でもその仕組は生きているらしい。

コンクリートの壁面に残る傷跡。
爆弾の破片、もしくは機銃掃射の跡。


爆弾が重点的に落とされた場所に面している壁は当然その傷跡も多い。

豊川市桜ヶ丘ミュージアムに展示されている500ポンド爆弾破片。破片といっても結構大きく、激しく飛び散った場合、大きな殺傷力を持った。
P51戦闘機の機銃弾。説明板にかすかに見えるが、工廠空襲時のものではない。

機銃掃射の弾丸が貫通した扉について説明を行っている会長さん。空襲時に扉は開けられていたようで、会長さんが指差している所に当たった弾丸は貫通し、反対側の扉を破って出て行ったらしい。

現在は鍵がかかって中には入れない。
中はそのままでも使用できるくらいとのこと。


カーソルをあてると銃痕表示。

弾薬庫外側の排水溝。この小山に降った雨水ははこの排水溝を通って地面に流され、地面の排水溝へと導かれる。

弾薬庫全景。この説明をうけた弾薬庫は、ページ一番上の弾薬庫とは異なる。つまりこのような遺構が複数残っているということ。

ひたすらだだっぴろい敷地を更に移動。次は爆弾が落ちた穴を見せてもらえるらしい。

写真掲載では順番が逆になるが、機銃掃射を受けた建物跡。二棟並んでいるが、どちらも年月を経て、崩壊がかなりすすんでいる。

二棟のうちのひとつ。
窒化ソーダを扱った施設ではないかと思うのだが、間違っているかもしれない。


壁表面がかなり剥がれ落ちてしまい、内部のレンガが見えてしまっている。

左上から右下にかけて直線状に連続した機銃掃射跡が残る。

表面部分が大きく破損し、内部のレンガ部分に食い込んでいる様子が伺える。

入口付近。すぐ崩れてくるとは思わないが、破片でも頭に落ちたらえらいことになりそうだ。

内部の様子。やはり粗大ゴミ置き場状態。この無頓着さが、この遺構を生かしてきたと思われるのは何度か述べたが、崩壊がもかなり進んでしまっているので、これから先は意識した保存をしていかなければならない。

内部にも爆弾の破片によるものと思われる傷が残る。

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