| 豊川海軍工廠跡 その2 | ||
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廊下突き当たりから入口方面を撮影。火薬を扱う場所なので、火花が出るのを防ぐため、電線は使われなかったらしい。 | |
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参加メンバーはほとんどがお年寄り。その他40代くらいの人達とその子供達。自分達くらいの年齢は見かけなかった。 座等市をイメージした剣技の3号と、シャリバン・クラッシュをイメージした筆皇の剣技。両者相譲らず。 |
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この日の参加者は100人近く。会長さんから簡単な解説を受けた後、2班に分かれて見学開始。 | |
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名古屋から高速で1時間余りの場所にこれほどの戦争遺跡が残っているとはなかなか思えない。 太陽地球環境研究所ということで、ぽつぽつと建つ研究用施設以外はあまり構われていないという環境(+あまりお金がない)がこれほどの遺構を残しているようだ。 |
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内側から撮影した土塁。屋根を少し越えるくらいの高さで5〜6mほど。 | |
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移動中見かけた遺構らしき建造物。 倉庫のようだった。 |
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![]() 中は荒れ放題でとても入ることはできず。 入口の戸の横には青く錆た蛇口、その形状はすこぶるノスタルジック。 |
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横にまわって窓を撮影。 やはりここも壁はかなり厚い。土塁で囲われていないので弾薬庫ではないと思ったが、その土塁が破壊されているだけかもしれない。 |
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衛所のように思えた建造物。ほとんどの遺構内部は粗大ゴミ置き場状態になっていたのだが、ここも同じ。 | |
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入ることはできなかったが、土塁に囲まれたトンネル。奥に建造物が見える。 遺構に対してかなり無頓着だったようで、このような遺構があちこちに散在する。 |
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海軍工廠時代から使用されていた東西を結ぶ割と太い道路。脇の排水溝はそのまま使用されている。 ごらんの通り荒野状態。 |
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電燈跡。これらは道沿いに多数見ることができるが、崩壊は進み、原型を留めているものは少ない。 守る会のリーフレットによると、灯火管制で灯りが灯ることはなかったとのこと。 構内には空中電線は全く使用されていなかったので、これらの電気も地下を通る電線から供給されていたようだ。 |
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空襲から生き延びた木。 鹿やら兎やらの野生動物も数多く生息しているらしい。 |
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少し分かりにくいが土塁跡。 近寄ることはできなかったが、ここにも恐らくトンネルが残っているのだろう。草を刈って探せば、機銃掃射の弾丸とかも簡単に見つかりそうだ。 |
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百葉箱?遺構かどうか不明。こんな小さなものまで残っているとしたらたいしたものだ。 実は犬小屋かと思った。 |
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土塁のパノラマ写真。あちこちで見ることができる。 |
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電燈の柱に残る整備用の穴。地下からきた電線が通っていたことが分かる。 | |
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