真田庵
伊都郡九度山町1413
(0736)54-2218
開創年 1741年 宗 派 真言宗
拝観料 無料
駐車場 全く無し
もともとは関ケ原で西軍についた真田昌幸・信繁(幸村)親子の配流地。真田親子は1600年、徳川秀忠率いる徳川本軍を信州上田城で食い止めたものの西軍本隊が関ケ原で敗れてしまったため城を開いて降伏、本来であれば首を刎ねられる所を東軍についていた長男信幸の必死の命乞いで助命され、この地に配流となった。その後昌幸はこの地で病没、信繁は大坂の陣直前に脱出した後豊臣方の武将として参戦し徳川軍を苦しめるも衆寡敵せず戦死した。


その後この庵は徳川家によって破壊されたようだが1741年大安上人が地蔵菩薩の導きによって建立した。


大安上人以降は尼寺で現在の住職で10代目とのことだった。易に大変詳しく、自分達も簡単にではあるが見ていただいた。とてもよく当たっていたのだが、筆皇よりも自分(4号)の方がわがままだということと、筆皇がモテモテという易については若さゆえか認めたくはなかった。
特にモテモテについては筆皇が住職の好みだということにしておこう。
朱印トップページ
県トップ